陶房流水居 お道具拝見! |
焼き物の道具は、産地によってカタチも呼び名もさまざま。 陶房流水居の道具たちは、あちこちの産地で買ったり、もらい受けたものや、手作りのものだったり。
その道具について、私(R)が聞き書きしてみました。
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ルーペ 土の観察のため、土探しの時の必需品。 焼上がったものの表面を観察するにも必需品。 焼き物研究家の芳村俊一さんが持っていらっしゃったのを見て、マネした。 |
ろくろ 左巻きです。つまり時計と反対回り。
これは一番初めに焼き物を習った所が丹波出身の作家さんだったので、ろくろは左回りで覚えたそうです。 その後、唐津で修行に入るのですが、唐津では右回り。
足で蹴ってろくろを回す蹴ろくろ(けろくろ)を使っていたので、左回りを右回りに直すのは、大変難しかった。足で蹴る方向と引く方向、手を添える側も反対になる。 そこで唐津の親方は、「おまえは左巻きのままで行け!」 それ以来ずっと、左巻き。
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石膏板 石膏製の丸い板。常滑で特注しました。ろくろに据えて使います。 器をつくると、土はフチから乾いて、下の接地面はなかなか乾きません。 その乾燥速度の違いが、ヒビ割れの原因になります。 その点この石膏板の上で作ると、石膏が水分を吸ってくれるので割れが少なくなります。 作る数だけ、石膏板が必要なのと、一枚一枚ろくろに据えるのが手間ですが。
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カメ板 土岐の中古材料屋さんで買いました。 丸の中に吉と、屋号の焼印が押してあります。 「マルヨシ」製陶所かな?何をつくっていたんだろう? これも石膏板と同じように、ろくろに据えて使います。出来上がった後、移動させるのにも便利。
カメ板の『カメ』は、亀のカメではなく、甕(壷のようなカタチの器)のカメ、なのかな?? 土岐やその近くの美濃は、始め茶陶の産地として栄え、その後茶陶の生産が京都へ移ってからは、生活雑器の産地でした。 そこで、いろいろな甕を作るための道具として、『カメ板』が生まれたのかもしれない。。。私(R)の勝手な推測ですが。
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カンナ 器の高台を削る道具。鋼の板から用途に合わせたカタチに作ります。 小さく深く削りたい時は、U字型。広めの面を削る時は、L字型。 また、使っている土によって、カンナの素材も変わります。
木を削って、カンナにする産地もあるとか。 天野は、ハガネと火バサミ両方を使い分けているそうです。 ハガネは、シャープに削りたい時。ざんぐりと削りたいときは、火バサミから作るのだとか。 火バサミを叩きのばして、好みのカタチにする。 ハガネに比べて、火バサミは焼きが甘いので、ざんぐり、となる。 これ、唐津で学んだこと。 |
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シッピキ ろくろをひき終わった器を、切り取る時に使う糸。 糸の片端を玉にしたり、何かを結びつけたりして、指から糸が逃げないようになっています。 これはそこらに生えてるごく細い笹竹を結んだもの。 『シッピキ』を使うさまは、そのスピード感ある語感がピッタリです。 |
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なめし皮 鹿の皮です。 ろくろ引きの最後で、器のフチをなめらかにする時、指に巻き付けて使います。 |
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弓 フチをカットする時使います。竹をしならせて、ワイヤーを張り、本物の弓のようなカタチのものが一般的。 天野製は、板をY字型に切って作ってあります。 |
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| くし 
民芸の器によく見られる「櫛目模様」を入れるのに使います。 そのほか、マグカップの取っ手をつける時、ドベ(粘土をゆるく溶いたもの。接着剤となる)がよくつくように、櫛目を入れます。 アマノのは、あ、一本歯が欠けてる。
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剣先
細かな細工をする時、何かと便利。 鉄ノコをグラインダーで削って作ります。持つ所はビニールテープを巻いて。 | 
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|  トンボ 器をいくつも大きさを揃えて作るときに必要なもの。言わば、立体用定規。 竹を削って作ります。 器の口径が、トンボの左右の羽根を伸ばした長さ。 トンボの胴体の長さは、器の深さ。
つくる器の種類だけ、トンボもいります。 羽の長いトンボ、胴体の長いトンボ。。。 粘土の収縮率を計算して作らないといけません。
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木べら 丸いもの、長いもの、作る器によってさまざまです。 ろくろをひくとき、深いものは指が届きません。
へらが必需品です。へらのカーブによって、器のカタチが決まってくるので、いろいろ試してみることが大切とのこと。 |
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九州では牛ベラといって、 太めで長く先がめくれ上がっているヘラを使っていたそうです。 べろ~んと、牛の舌のカタチ。 ユーモラスな名前で道具に対する愛情が感じられます。
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柄ごて
徳利など口のつぼまっているものをひくときは、棒の先が球状になっている『柄ごて』を使います。 中から押し出してつくることによって、張りのあるカタチになります。 器は外側の輪郭線で見るものではなく、内側の空間のカタチだというのが、
彫刻家(R)の持論。
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